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札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)454号 判決 1973年1月31日

原告 横田好子

被告 日糧製パン株式会社

主文

被告は原告に対し、金一九八万八、九七八円および内金一八二万八、九七八円に対する昭和四五年三月二六日から、内金四万円に対する昭和四六年四月一六日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

第一項はかりに執行することができる。

被告が金六〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一申立

一  原告

被告は原告に対し、金二六一万四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年三月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告(請求の原因)

1  原告は、昭和四四年九月五日から札幌市琴似町四条四丁目所在の被告の琴似工場に臨時に雇われ、パンの袋詰め等の作業に従事していた。

2  原告は、昭和四五年三月二六日午前九時三分ころ、右工場内において、作業の準備としてドーナツを運ぶネツトコンベアの附近を掃除していたところ、コンベアの向う側でコンベアの下を掃除していたアルバイトの高校生が手に持つたほうきを歯車にひつかけて巻き込まれそうになつたので、危険を防止するためとつさに右手でその高校生の身体を押しのけたが、そのはずみで軍手をはめていた右手がコンベアのモーターと減速機を連動させているチエーンにひつかかつて歯車に巻き込まれ、右手挫滅創の傷害を負つた。

3  右ネツトコンベアのモーター、減速機およびチエーンは、床面から一・八メートル以内の高さに設置されていたため、作業員がこれに接触して負傷する危険があつたので、被告は、危険防止のための囲いまたは覆いをこれに設置すべきであつたのに、右事故当時これが施されていなかつた。

そして、右ネツトコンベアは、被告所有の琴似工場に据付けられた機械設備であつて、被告が設置した土地の工作物というべきところ、それには、当然備えるべき危険防止設備を欠いていたのであるから、その設置または保存に瑕疵があつたものである。したがつて、被告は右瑕疵によつて原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

かりに右主張が失当であるとしても、被告には右ネツトコンベアに危険防止のための囲いまたは覆いを設けなかつた過失があつたから、被告はこれによつて原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

4  原告は前記傷害を負つたことにより、次の損害を蒙つた。

(一) 入院雑費 金 一万四、〇〇〇円

原告は、前記傷害の治療のため、昭和四五年三月二六日から同年六月六日まで七三日間札幌第一病院に入院した。この間に要した雑費は一日につき金二〇〇円を下らなかつた。

(二) 逸失利益 金 七二万一、〇〇〇円

原告は、前記傷害により、右第二、第三指を中手指節関節から離断され、右第四、第五指を基節から切断された。このため、原告は、労働能力の五六パーセントを失つた。

原告は、大正九年九月九日生の女性であつて、事故当時被告から一か月金二万三、四〇〇円の賃金を受けていたが、ほかに家事労働にも従事していたので原告の一か月の労働の価値は金三万円を下らなかつた。

原告は、労災保険から年額七万七、〇〇〇円の障害補償年金、厚生年金保険から年額一〇万二、二〇九円の障害年金を受ける資格を得たが、両者併給の場合の調整措置により障害年金の全額と障害補償年金の半額を控除した残額との合算額一二万八、一〇四円の支給を受けている。

原告は、本件事故に遇わなければ、六三才まで一三年間同程度の労働に従事することができた。

そうすると、原告の年収三六万円に一〇〇分の五六を乗じたものが原告の一年間の逸失利益であり、これから原告が支給を受ける前記年金額を控除し、かつ、ホフマン式により中間利息を控除すると逸失利益の総額は金七二万一、〇〇〇円となる(一、〇〇〇円未満切り捨て)。

(三) 慰藉料 金一八〇万円

原告は、前述のように七三日間の入院加療を受けたほか退院後も昭和四五年九月二日までの間に四七日通院して治療を受けた。しかも、原告は、前記後遺症のため、日常生活において多大の不便を感じ、人前では恥かしい思いをしている。また、患部には痛みが残つていて、ことに寒いときはしびれたような感じになる。原告が蒙つたこのような精神的、肉体的苦痛を慰藉するための相当な金額は金一八〇万円である。

(四) 弁護士費用 金 二〇万円

原告は、本訴の提起および追行を弁護士高野国雄に委任し、法律扶助協会の立替により手数料金五万円を支払い、事件完結後同協会の認定する報酬を支払うことを約した。

右報酬額は金一五万円を下らない。

5  よつて、原告は被告に対し、右(一)(三)(四)の各損害額および(二)の損害額の内金六〇万円以上合計金二六一万四、〇〇〇円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四五年三月二六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求の原因に対する答弁)

1  請求の原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実中原告が昭和四五年三月二六日(時刻は午前九時三分頃ではなく、午前九時一三分項である。)軍手をはめたまま右手をチエーンに巻き込まれて負傷したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同第3項の事実中ネツトコンベアの原告主張の部分に囲いまたは覆いを設けていなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。右コンベアのチエーンは、機械の下部にあつて、接触の危険がなく、作業または通行のためにこれをまたぎまたはその下を通ることもないからこれに囲いなどを設置する義務を被告が負うものではない。

4(一)  同第4項(一)の事実中原告の通院期間の点は認めるがその余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実中原告の後遺症の程度、生年月日、被告から受給されていた賃金額および保険金に関する点は認めるがその余の事実は否認する。

(三)  同(三)の事実中原告の通院に関する点は認めるがその余の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実中原告が弁護士高野国雄に訴訟委任をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

三  被告(抗弁)

被告は、減速機附近の掃除は機械を停止して行なうように従業員に指示していたし、日常そのように行なわれていた。ところが、原告は、これを無視して、既に機械が作動していたのに機械附近の掃除をし、本件事故が発生したものである。しかも、当日原告が機械附近の掃除をしたのは被告の指示によつたものではなく、また掃除の必要もなかつたものである。したがつて、本件事故は、原告の重大な過失によつて生じたものであるから、かりに被告に損害賠償責任があるとしても、損害賠償額につき原告の右過失が斟酌されるべきである。

四  原告(抗弁に対する答弁)

抗弁事実は否認する。

第三立証<省略>

理由

一  原告が昭和四四年九月五日から札幌市琴似町所在の被告の琴似工場に臨時に雇われてパンの袋詰めなどの仕事に従事していたことおよび昭和四五年三月二六日午前九時すぎころ右工場内において、ドーナツを運ぶネツトコンベア機のモーターと減速機を連動させているチエーンに軍手をはめたままの右手を巻き込まれて負傷したことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証、同第四号証の三、証人今井幸一の証言ならびに原告本人尋問(後記措信しない部分を除く。)および検証の各結果によれば、前記ネツトコンベア機は前記琴似工場建物内の床上に設置された機械であつて、右事故発生当時、コンベアは、床上一メートル二〇センチの位置にあつて支柱によつて支えられ、コンベアの末端の部分の下の床面にはモーターおよび減速機が据えつけられ、モーターと減速機および減速機とコンベアの回転軸はそれぞれ連動するようにチエーンによつて連結されていたが、チエーンにはカバーその他人の接触を防止するための設備がなくむき出しのままであつたこと、当日原告は、既に運転を開始していたネツトコンベア機の周囲およびコンベアの下の部分をほうきで掃除していたが、その中途でモーターの附近にあつたゴミを袋につめていた際、誤つて右手をチエーンに巻き込まれ、右手挫滅創、第三中手骨開放性骨折、第二、三、四指開放性骨折の傷害を負つたこと、原告は、右傷害を負つた結果、右第二、第三指は中手指節関節から離断され、第四、第五指は基節から切断されたことが認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

ところで、

工場内に設置された機械は、当該工場建物および他の諸設備と一体となつて一定の生産活動の用に供されるものであるから、その機械に瑕疵があるときは、当該工場における建物を含む全体としての生産設備自体に瑕疵があるものというべきである。そして、右のような生産設備が土地の工作物であることはあきらかであるから、結局工場内の機械の設置または保存に瑕疵があるときは土地の工作物である生産設備の設置または保存に瑕疵があることに帰着する。そうすると、工場内の機械の瑕疵により他人が損害を蒙つたときは、工場設備の占有者または所有者は原則として損害賠償責任(ことに所有者は無過失責任)を負わされることとなるか、このように解することは民法七一七条の文理に必ずしも反しないのみならず、結果においても妥当であると考えられる。けだし、危険の多い機械その他の生産設備を設けて利潤を獲得している者にはその危険から生じた損害につき賠償責任を負担させることが適当であり、また、地上に直接設けられた工作物の占有者または所有者の責任と対比して工場内の機械設備の占有者または所有者につきその責任を免れ、または軽減せしめる理由に乏しいからである。

これを本件についてみるに、前認定の事実と検証の結果を綜合すれば、前記ネツトコンベア機のチエーンは、人がこれに接触すると身体の一部が機械に巻き込まれて負傷する危険が大きく、しかもチエーンは、コンベアの下部に位置していたとはいえ、コンベアの脇から手足を伸ばせば容易に接触する位置にあり、ことに掃除その他の必要から身体の一部がコンベアの下に入つた場合には絶えず接触の危険にさらされることがあきらかである。そうすると、このような危険の多い装置には、従業員の身体の安全のために、チエーン自体に覆いをとりつけるかあるいは人の身体がコンベアの下部に入らないように囲いを設けるなどの必要があつたのに、本件事故当時被告は、このような安全のための装置を設けていなかつたこと前認定のとおりであるから、右ベルトコンベア機の設置には瑕疵があり、ひいては土地の工作物である被告の琴似工場の生産設備に瑕疵があつたといわなければならない。そして、右瑕疵により原告が前記傷害を負つたことはあきらかであるから、被告は原告に対し、右傷害を負つたことにより原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

二  そこで、原告が蒙つた損害額について検討する。

1  入院雑費について

原告が入院中に雑費としていかなる支出をしたかについては何の立証もなく、また、通常必要とすべき相当な雑費の額を推認すべき事実を認めるべき証拠もないので、原告がその主張の損害を蒙つたと認めることはできない。

2  逸失利益について

原告の前認定の後遺症が労働基準法施行規則別表身体障害等級表の第七級に該当するものであることはあきらかであり、原告は、その後遺障害により労働能力の五六パーセントを喪失したものと認めるのが相当である(昭和三二年七月二日労働省労働基準局長通達参照)。

原告が被告から一か月金二万三、四〇〇円の賃金の支払を受けていたことは当事者間に争いがない。原告は、家事労働にも従事していたので一か月の労働の価値は金三万円を下らないと主張するが、原告は臨時雇であつたとはいえいわゆるフルタイムで継続的に被告に雇われていたのであるから、たとえ時間外に家事労働に従事していたとしても、原告の逸失利益の算出にあたつてはこれを斟酌することなく、もつぱら原告が支払を受けていた賃金額のみを基礎とするのが相当である。

原告が労災保険による障害補償年金および厚生年金保険による障害年金として年額一二万八、一〇四円の支給を受けていることは当事者間に争いがない。そうすると、原告の一か年の逸失利益は、前記賃金額の一か年分金二八万〇、八〇〇円の五六パーセントに相当する金額から右年金額を控除した金二万九、一四四円である。

争いのない原告の生年月日によれば原告は、事故当時満五〇才であつて、原告本人の供述と弁論の全趣旨によれば、原告は、健康であつて引き続いて同じ仕事に従事する意欲を有していたことが認められる。このことから考えると、原告は事故後一三年間は同じ程度の労働に従事することができたものと認められる。

そこで、原告の右期間内の逸失利益につきホフマン式により中間利息を控除すると、事故当時におけるその総額は金二八万六、二二三円(円未満切り捨て)となる。

3  慰藉料について

本件事故の態様、原告が蒙つた傷害の程度および後遺障害その他本件証拠によつて認められる本件事故に関する諸事情を考慮すると原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料額は金二〇〇万円とするのが相当である。

4  弁護士費用について

成立に争いのない甲第三号証によれば、原告は、昭和四六年四月、本件訴訟の追行を弁護士高野国雄に委任し、遅くも本訴が提起された同年四月一五日までにその手数料として金五万円を同弁護士に支払い、事件完結後法律扶助協会が認定した額による報酬を同弁護士に支払うことを約したことが認められる。そして、本件訴訟の追行に関する相当な報酬額は金一五万円を下らないものと認めるべきである。したがつて、本件訴訟追行に要する原告の弁護士費用は金二〇万円を下らないことがあきらかである。そして、原告が右の支出をしまたは支出を約したことと被告の前記不法行為との間には相当因果関係があるというべきである。

三  前認定のように、原告は既に運転を開始していたベルトコンベア機のモーターの附近を掃除中右手をチエーンに巻き込まれて負傷したものであるが、動いているチエーンに身体が接触するとこれに巻き込まれて負傷するおそれがあることは機械の外見からあきらかなところであるから、掃除にあたつてはこれに接触しないよう細心の注意をすべきであつたし、また、接触の危険のないような体勢で掃除することが全くできないような構造の機械ではなかつたことが検証の結果によつて窺われるから、本件事故は、原告が安全のための注意を欠き、慢然と掃除をしていたことにも基因するものであつて、本件事故の発生につき原告にも過失があつたというべきである。そして、被告が支払うべき損害賠償額を定めるにつき原告の右過失を斟酌し、前項で認定した損害額から二割を減ずるのが相当であると認める。

なお、被告は、減速機附近の掃除は機械を止めて行なうように指示していたし、日常そのように行なわれていたと主張するが、この主張に副う証人植田繁雄、同金沢松雄の各証言は、証人今井幸一および原告本人の供述に照らしてにわかに採用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。また、原告が右機械部分の附近の掃除をしたことにつき、被告の具体的指示があつたことを認めるべき証拠はないが、右の点につき被告の指示がなかつたとしても、原告が必要がないのに掃除に従事したということはできないから原告に損害額につき斟酌すべき過失があつたということはできない。

四  以上の次第であるから、被告は原告に対し、第二項2ないし4の損害額合計金二四八万六、二二三円から二割を控除した金一九八万八、九七八円およびこのうち弁護士費用金一六万円を除く金一八二万八、九七八円に対する不法行為の日である昭和四五年三月二六日から、弁護士手数料金四万円に対する支払の後である昭和四六年四月一六日から(弁護士報酬については未だ支払がなされていない以上被告が遅滞に陥つているということができない。)各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は右の限度で理由があるがその余は失当である。

よつて、原告の請求を右の限度で認容してその余を棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

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